FOX UMBRELLAS
『LOCKWOOD』の傘が日本に入ってこなくなって数年。
ぼんやりと「何か良い傘はないかな」と考えていたところ、
縁あってイギリスの名門、『FOX UMBRELLAS』を扱わせていただくことに。
名前が広く知れ渡っているため少し斜に構えてしまっていましたが、
実際に話を聞き物に触れてみると、その拘りのある美学にやられてしまいました。
日本の正規代理店の歳川さんにお話を聞く中で特に印象的だったのは、『傘を巻く』という所作の美しさ。
今回のコラムを通して、少しでも興味を持っていただけると幸いです。
歳川:1868年にロンドンで創立された『FOX UMBRELLAS』ですけど、
FOXを話すにあたってまず傘、『アンブレラ』の語源って知ってます?
元々はラテン語で『影』を意味する『アンブラ』って言葉なんですよ。
この語源からも分かるように、アンブレラって実はルーツは日傘なんですよね。
紀元前1000年頃のエジプトで…壁画に残ってるんですけど、
いわゆる王様に日光が当たらないようにさしてたんです。
天蓋(てんがい)ってあるじゃないですか、ああいうイメージで家来が持って移動してたっていう。
元々の発祥はそこなんですよ。
それでそのアンブレラっていうのがヨーロッパにも入ってくるんですけど、
まぁずっと富の象徴みたいな存在でした。
その後1700年代の半ばになるとようやく雨用の傘っていうのが開発されて、市民にも認知されるんです。
ただそのときの傘って動物の骨、特にクジラの骨なんかをよく使っていたみたいんなんですけど、
骨を繋ぎ合わせて、そこにオイルを塗りたくったシルクやコットンの生地を張ったもので…。
とにかく重くてかさばる、それでいて高価ってこともあって、
結局は上流階級の人が持つ『ステイタスシンボル』だったんですよね。
元々そんな流れでアンブレラっていうのは出来ていったんですけど、
今みんなが使っているこの傘、この原型が開発されたのが1940年代後半で、
それを作ったのが『FOX UMBRELLAS』なんです。
歳川:じゃあなんでFOXが作ったのかっていうと、第二次世界大戦中、
FOXは国に言われてパラシュートの生地を作ってたんです、空軍用の。
戦争中なので、「傘屋だ~」とか関係なく作らされていたんですよね。
それでまぁ戦争が終わって、そのパラシュート用のナイロン生地が残るわけじゃないですか。
で、それを使って傘を作ったんです、ナイロンの傘を。
その同時期に、この中の骨組み、『シャフト』を開発した人が別にいて。
…たまたまその人も名前がフォックスさんっていうんですが。
『FOX UMBRELLAS』とは全く関係のない別のところにいたフォックスさんなんですけど、
その人がシャフトを持ち込んだんですよね、傘屋のFOXに。
そうしてスチールのシャフトとナイロン生地が組み合わさった、軽くて丈夫な傘が出来たんです。
それが1940年代後半のことなので、今みんなが使ってる傘って思っている以上に最近できた物なんですよね。
歳川:で、ここからはイギリス人の話になるんですけど、彼らって雨が降ってもほとんど傘をささないんですよ。
今はだいぶ天候も変わりましたけど、昔のイギリスって雲がむちゃくちゃ近くて真っ暗なんです。
ずっと曇っていて、それでずーっと霧雨が降っているみたいな。
そんな天候の中でも傘をさしてる人はほとんどいない…、ただ『持っては』いるんですよ、特に紳士は。
それが何でかっていうと、イギリス人にとって傘は紳士の象徴、『ステッキ』なんですよね。
そんな一面からイギリスにおいて傘っていうのは『閉じた姿の美しさ』がとても大切で…。
昔のロンドンの街中には靴磨き屋さんみたいな感覚で、『アンブレラローラー』っていう
傘巻き屋さんがいたんですよ、道端に。
紳士の嗜みであるステッキとしての傘は、細くシュッとしているべきで、
自分ではなかなか細く上手に巻けないから、プロに頼んで巻いてもらってたんです。
それでまぁ、お金を払って巻いてもらった傘をそう簡単にさすわけもなく…っていう。
そんな仕事もあったくらい、巻いたときの美しさ、ステッキとしての美しさっていうのには拘ってるんですよね。
今でもイギリス王室の式典みたいに、正装時にはFOXの傘を持つんですよ。
シルクハットを被ってFOXの傘を持つっていうのが、イギリス紳士の基本なので。
歳川:実際に長傘を巻くときのポイントなんですけど。
長傘のここ、ハンドルとシャフトの繋ぎ目部分のパーツ、
『ティップカップ(Tip Cup)』って言うんですけど、ここが動くようになっているのでまずここで固定します。
それからだいたいでいいんですけど、あまり生地は触らないように端っこを持って、
根本を親指で押さえながら生地を張って巻いていってみてください。
歳川:それでここ、らせん状になっている部分の生地の幅を極力合わせていく。
1枚1枚こう生地を張って、巻いて、張って、巻いてって繰り返して…。
そうしたらこう細く巻けるんです。
ちなみに最後ボタンを留めるときも、ゴム紐は引っ張り過ぎずに押さえながらボタンに引っ掛けて欲しいんですよ。
あんまりガッて引っ張っちゃうとゴムがすぐ緩んでしまうので…。(有料で交換は可能とのことです)
ほら、こう綺麗に巻いたらステッキぽいでしょ。
コツを掴むまでは難しいと思うんですけど、せっかくなので丁寧に巻く意識っていうのを
FOXの傘では持っていただければなと。
歳川:あと語っておくべきところがあるとしたらそうですね…、
長傘、折り畳みに関わらず拘っているのがこのハンドル部分で。
これはマラッカの木、マレーシアのマラッカ海峡近辺でとれる木材なんですけど、
持ったときにちょっとエッジが効いてるのが特徴ですね。
で、木のハンドルって年季が入るとやっぱり格好良くなっていくんですよ。
特にマラッカは使い込んでいくと飴色みたいな濃い茶色に変化していきますし、
もっと使っていくと、これって熱でグッと曲げてあるんですけど、それが僅かに広がっていくんです。
それを『傘が欠伸する』と言って、長く大事に使っている証ということで、
イギリス人からしたら喜ばしい変化なんですよね。
他にもステッキに見られる動物のヘッドデザインを取り入れたハンドルもらしくて良いですよ。
キツネ狩り…、ハンティング由来の動物がいかにもイギリスという感じで。
これは木の樹脂にニッケルコーティングを施してあるんですけど、
見た目以上に握り心地はしっかりしていますし、バッグに挿す姿も様になります。
歳川:最後に傘を長持ちさせる方法なんですけど、
定期的に防水スプレーを振ってもらうのはもちろん、
1番大事なのはやっぱり使った後に乾かす、干してもらうことですね。
広げて干しておくスペースがなくても、ボタンで閉じずに
畳んだだけの状態できちんと乾くまで置いておくっていうのは大切です。
で、生地部分をあまりベタベタ触らないことですね。
手の油分や汚れが付くことによって生地はどうしても傷んでいくので。
巻くときは出来るだけ生地の端を掴んで、持ち歩くときはハンドルを持つ。
大切に扱えば扱うほどきちんと応えてくれる傘だと思うので、ぜひやってみてください。
いかがだったでしょうか。
私たちはイギリス紳士ではありませんが、傘の歴史に触れ、
物を大切に扱うことの素敵さを知ることが出来るアイテムです。
雨の日が少し、楽しみになりますよ。